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コラム

イギリス渡航時のコロナ抗原検査に関して

海外渡航時の検査としては、PCR検査がほぼスタンダードとなっていますが、抗原検査も対象となる場合があります。
イギリスでは、検査の精度に条件を提示して、PCR検査と抗原定性検査を対象としています。
抗原定性検査の精度をふくめて、考察してみたいと思います。

定性検査 と 定量検査

抗原検査には、「定性」と「定量」2種類の検査方法があります。

 検査名称  抗原・定性検査  抗原・定量検査
  Qualitative test Quantitative test
 機材  小さな検査チップ  大型機材が必要
 判定時間  約10分  検体搬送を含めて1日以上
 判定対象  病原体の有無  病原体を定量的に判定

海外渡航時の抗原検査で「Quantitative test/定量検査」を指定にもかかわらず、定性検査を利用すると、トラブルとなります。

定量検査は、定性検査より精度は高いのですが、PCR検査と比べると見劣します。ウイルス特定検査の主流は、圧倒的にPCR検査なので、定量検査に対応可能な医療・検査機関は絶対的に少数派です。

イギリス渡航時の検査要件

イギリス渡航時に、新型コロナ検査に関して以下のような条件が提示されています。

100,000 copies/MLを超えるウイルス量(viral loads)において、特異度97%以上、感度80%以上であること

前記条件を満たす検査方法として、以下のような検査方法を例示しています。

PCR検査を含む「核酸増幅検査」
LAMP法を含む「PCR派生検査」
LFD(Lateral Flow Device) 「抗原定性検査」など

日本で承認されている抗原検査で、イギリスの条件に対応は?

渡英に際して、『簡易抗原検査で、対応できますか?
・・・というお問い合わせが時々あります。

質問の内容を以下のように置き換えてみます。

簡易抗原検査で、ウイルス量10^5copies/MLを陽性判定可能か?

これは、簡易抗原検査の検出限界という問題になります。実際の簡易検査キットで、検出限界に関するデータはありません。
(薬事審査では、感度・特異度が重視されます。検出限界を検討する必要がありません)。

LFDと日本のイムノクロマトキットは、どちらも免疫色素法を利用した抗原定性検査であり、精度も同等です。
そのあたりを、掘り下げて(面倒くさいお話として)検討してみます。

抗原検査の検出限界を考える

日本で一番普及している『クイックナビCOVID19Ag・デンカ株式会社』という製品で、検討してみます。
デバイスの特性(感度・特異度を含めた評価)は、以下をご参照ください。

PDF:The evaluation of a newly developed antigen test (QuickNavi™-COVID19 Ag) for SARS-CoV-2

前記文献のTable5をチェックしてみます。


【1】PCR検査の検出限界
PCRの検出限界:PCRは、「5 coies/サンプル量100-140μL」を検出可能です

PCR検査において、核酸増幅対象サンプル中に5 copiesあれば、感度98%以上で検出可能です。
PCR検出限界を『5 coies/140μL』と仮定してみます。
PCR検査の検出限界は「36 copies/ML」と考えられます。
PCR検査およびPCR派生法は、「条件:100,000 copies/ML」をクリアしています。

【2】PCR検査Ct値を利用し、PCRから抗原定性検査を間接評価
PCT検査の基本的な増幅は、核酸を2倍・4倍・8倍と倍増させて、検査対象濃度を増やし、精度を上げていきます。増幅サイクルが多いほど、精度は上がります。
倍々に増幅させた場合、39サイクルで約1兆倍まで増幅が可能です。

PCR検査では、Ct39~Ct42くらいまで、核酸増幅を実施します。
(検査機関によって、ラストオーダーはことなります)

  「PCR検査の検出限界が70copies/ML」とは、
  「36copies/MLを、CT39で検出」ということです。

【3】PCR検査にて、Ct39からCt29の検出限界を推定
  「Ct39での検出限界が36 copies/ML」であれば、
  「Ct29での検出限界は36,000 copies/ML」と予想できます。(2^10=1024)

【4】PCRCt29を、抗原定性検査に反映
  前記Table5より
・PCR検査でCt29陽性判定できる検体は、抗原定性検査でも陽性判定できる。
・PCR検査でCt30陽性判定できる検体は、抗原定性検査では偽陰性となる。

抗原定性検査の検出限界は、Ct29の検体濃度を反映すると推測できます。
かなり強引ですが、抗原検査の検出限界は、36,000 copies/MLと推測できます。
抗原定性検査であっても、100,000copies/MLを検出できるという予測が立ちます。

【5】Table5で、Ct29以下とQuickNaviの比較のまとめ
『クイックナビCOVID19』は、PCR検査と比較するとCt29に相当と考えられます。簡易抗原検査であっても、100,000 copies/MLの検出は対応可能であることが推定されます。

【6】抗原定量検査の検出限界
Table5では、Ct30以上との比較で、Sensitivityが一気に低下します。
このあたりが、定量検査の検出限界です。
イギリス当局が100、000 copies/MLという「具体的な数字」を提示してきた理由は、抗原定量検査(Lateral Flow Device)への配慮と考えることもできます。

Lateral Flow Immuno Assayって何?

英国で普及している『迅速抗原検査』は、Lateral Flow Immuno Assayという検査方法を利用しています。
Lateral Flow Immuno Assayは、日本で普及している色素抗体法と原理的には同等の検査方法です。どちらの検査も『免疫色素法』の1種です。
両検査方法の感度・特異度は、ほぼ同等です。

検査試薬の薬事審査では、濃度調整されたウイルス粒子試薬を利用して評価を行うことはありません。(模擬ウイルスや実ウイルス粒子を用意して、粒子濃度調整を行うなど、準備自体が極めて困難で、現実的な検証方法ではありません。)
検出限界という概念は、直感的に理解しやすいのですが、統計学的な視点では重要視されません。

抗原検査の感度・特異度はどのくらい?

先ほどの文献の、Table3aに記載がありますので、以下に提示しておきます。感度・特異度に興味のある方は、ご確認ください。

 Sensitivity(%)  86.7  (78.6-92.5)
 Specificity(%)  100  (99.7-100)


LFDってどんなもの?
イギリスで利用されている『LFD』と日本で利用されている『イムノクロマトキット』の実際のチップの写真を以下に掲載いたします。

【LFD(Lateral Flow Device)】2社の製品です。



【イムノクロマトキット】大塚製薬のクイックナビCOVID19という製品です。


LFDとイムノクロマトキットは、同等の検査キットであることが、分かると思います。



参考:国内承認されている抗原定性キット2製剤の特性評価
クイックナビCOVID19:The evaluation of a newly developed antigen test (QuickNavi™-COVID19 Ag) for SARS-CoV-2

エスプライン:Evaluation of clinical utility of novel coronavirus antigen detection reagent, Espline® SARS-CoV-2

2021年5月21日 ふたばクリニック 広瀬久人