ウエルシュ菌腸管感染症

ウエルシュ菌腸管感染症


作り置きしたカレーによるウエルシュ菌食中毒は有名です。
チョコレートで、ウエルシュ菌感染症を発症するケースも報告されています。
沸騰加熱でも殺菌できない、乾燥しても生き残る・・・ウエルシュ菌腸管感染症を考察していきます。

1:細菌学的特徴
2:芽胞と病原性
3:ウエルシュ菌の増殖
4:マニアックな話題

1:細菌学的特徴

【細菌分類】

ウエルシュ菌:Clostridium perfringens
『芽胞形成菌であるクロストリジウム属』
偏性嫌気性菌:基本的に酸素下では、増殖しにくい(失活するわけではない)

【形態学的特徴】

グラム陽性桿菌
長径:3~9μm、短径:0.9~1.3μm、鞭毛をもたず自走性はない

【成育環境】

ウエルシュ菌は、ヒトやペット・動物の大腸内常在菌です。
ただし、常在するウエルシュ菌は、ほぼ病原性がありません。
ほとんどの自然環境にも適応して生存するため、都市・山間部の関係なく下水・河川・海・高地など広く常在しています。
病原性を有する株は限定されていて、大部分のウエルシュ菌はヒトやペット・動物と共生しています。

2:芽胞と病原性

【病原性】

一部のウエルシュ菌は、ヒトや動物において胃腸炎・下痢、ガス壊疽などの原因となります。
同菌の病原性は主に毒素によるものであり、20 種類以上の毒素を産生することが知られています。

【腸管病原性:生体内毒素型食中毒】

すべてのウエルシュ菌が食中毒を起こすわけではありません。
ヒト結腸内に共生する病原性を持たないウエルシュ菌を『非病原性(常在性)ウエルシュ菌』と呼んで、病原性ウエルシュ菌と区別しています。

食中毒を起こすウエルシュ菌は、エンテロトキシン(腸管毒)を産生します。
消化管感染症/下痢・腹痛・嘔吐を誘発するエンテロトキシンは、CPEやBECが有名です。
病原性ウエルシュ菌に汚染されたメニューを摂食後、腸管内でエンテロトキシンを合成・放出するため、『生体内毒素型食中毒』に分類されています。
主にA型ウエルシュ菌の数%が、エンテロトキシン産生能を有します。
CPE産生株は、強い耐熱性も併せ持ち、沸騰加熱下でも、芽胞として生存可能です。

【芽胞】

ウエルシュ菌は、過酷な環境下では「芽胞」という形態に移行します。
高温・氷温・強酸・強アルカリ・乾燥・有酸素下など「生存に不都合な環境下」で、通常の細菌形態「増殖型」から耐性の高い「芽胞」へ菌体構造を変化し休眠することが可能です。
休眠しているため、芽胞の状態では「分裂・増殖」は困難です。
芽胞状態では、エンテロトキシンを合成することもできません。
後述しますが、ウエルシュ菌が芽胞へ移行するときに病原となるCPEを産生することがわかっています。

【芽胞形成菌・耐熱性】

ウエルシュ菌には、複数の型(A~E型)・株型(CPE産生株など)があり、耐熱性も型によって異なります。
「芽胞ではない通常型」は、「60℃」で失活します。
「易熱(いねつ)性芽胞」は、「98℃・30分」で失活します。
「耐熱性芽胞」は、「98℃・1気圧・1~6時間」でも失活しません。
カレーの中に「耐熱性芽胞」が混入した場合、1~2時間煮込んでも殺菌はできません。

【芽胞形成菌・耐薬剤性】

ウエルシュ菌芽胞に対して、アルコール消毒は、ほぼ無効です。
同芽胞は薬剤耐性が強く、ホルマリン・グルタールアルデヒド・塩素に耐性があります。
ただし、有酸素下では、ほとんど増殖することはありません。
生活環境に浸潤する細菌なので根絶は困難ですが、通風・乾燥を心掛け、密閉しない(酸素の豊富な)状況を設定すれば、感染・衛生管理は可能となります。

3:ウエルシュ菌の増殖

【驚異的な増殖能力】

芽胞は休眠状態なので、増殖はしません。
増殖に適した環境に移行すると、芽胞は発芽し、通常型に戻ります。
ウエルシュ菌は、12〜50℃の範囲で増殖可能です。
増殖至適温度は43〜47℃、至適pHは6.5~7.0です。
分裂時間は、「45℃で約10分」、「35-37℃で20分」との報告があります。
至適環境下では、1時間で128倍、2時間で1.6万倍、3時間で2.5億倍と、猛烈に増殖していきます。
(沸騰後のカレーやスープは嫌気性環境にあたり、ウエルシュ菌には好環境です)

【菌体数・感染閾値】

ノロウイルスは、極少量(10~100copy/ヒト)のウイルス量で感染・発症します。
逆に、ウエルシュ菌の感染成立には、『10^8~10^9cfu/ヒト』の経口摂取が必要です。
(注:10^8:10の8乗:1億)
ウエルシュ菌感染には、比較的多量の菌量を必要とします。
カレーやシチューは、1回摂食量が200~300gと大きいため、感染には好都合です。

【ウエルシュ菌の感染と体内動態】

常温では、汚染されたメニューの中で、同菌は増殖型の形態を選択します。
食事と一緒に飲み込まれた菌は、強酸性の胃を通過し、小腸で芽胞を形成します。
腸管病原性ウエルシュ菌は、芽胞に移行する時のみ、エンテロトキシンを産生します。
小腸でウエルシュ菌から放出されるエンテロトキシンが、胃腸炎・下痢を誘発します。
胃を通過し、小腸に至るウエルシュ菌のほとんどは芽胞化するため、ウエルシュ菌食中毒の症状は、食後4~12時間後に発症し、24時間後以後は認めません。

4:マニアックな話題

【シグマ遺伝子】

腸管病原性ウエルシュ菌のエンテロトキシンは、CPE(Clostridium perfringens Enterotoxin)が有名です。 CPE産生株の該当する遺伝子コードcpeは、細菌遺伝子またはプラスミド上に配列しています。
芽胞(胞子)形成特異的RNAポリメラーゼ(Sporulation-specific RNA polymerase)のシグマ遺伝子が発現すると、ウエルシュ菌は芽胞を形成します。
また同遺伝子が、cpeコードのプロモーターと関連するため、芽胞形成時のみcpeが発現し、CPEを合成します。

【新たなエンテロトキシンBEC:Binary Enterotoxin of C. perfringens】

CPE非産生株ウエルシュ菌による消化管感染症が報告され、あらたなエンテロトキシン:BECが報告されています。
BECの該当遺伝子コードは、プラスミド上のみに存在するため、同菌同士の水平伝搬・bec共有が問題になっています。


ふたばクリニック 広瀬久人(2026.03.06)