コラム

標高4,000mと5,000mの高山病を比較

高山病の病態に関して、様々な記載があります。
呼吸器医、スポーツ医、山岳関係者によって高山病の「定義・病態認識にずれ」を認めています。

呼吸器専門医の意見として高山病の病態を考えていきます。

【標高と酸素分圧・アルカローシス】

1:酸素分圧の低下と『低酸素血症』
 高所移動に伴い、「空気が薄くなる」=「気圧低下」が発生します。
 私たちの細胞は、酸素の圧力によって酸素を取り込むことができます。
 平地/1気圧(1013hPa)での大気酸素分圧(大気中酸素濃度21%)は、213hPaです。
 2,500m/0.75気圧(760hPa)での大気酸素分圧は、160hPaです。
 低酸素血症を誘発する閾値となります。

2:低酸素血症に対する対応と『低二酸化炭素血症』
 大気中の酸素分圧が低下すると、血液中の酸素分圧も低下します。
 生理反応として「過換気」が起こります。
 「過換気」は、「1:低二酸化炭素血症」と「2:アルカローシス(血液pHのアルカリ化)」を起こします。

(注:アルカローシスの機序に関して)
低酸素に対応する過換気は、「血中二酸化炭素分圧の低下:アルカローシス」を速やかに生来する。
「血中重炭酸イオン」によるアルカローシスの代償は、時間をかけて腎が担当する。
呼吸代償と腎代償の時間的なギャップが、アルカローシスを生来し、高山病を誘発します。

3:アルカローシスと複雑な病態の派生・合併
 アルカローシスは、不安・焦燥感、テタニー(こむら返り・助産婦手位)、全身倦怠感(動作・歩行困難)などを続発します。

4:高地では、「高地環境、生理環境(休息・食事・排泄)、気温(低体温)、疲労(乳酸蓄積)などの健康障害要因」が、アルカローシスに複合し、高山病の病態を形成していきます。

呼吸器内科としては、「高山病発症の分水嶺はアルカローシス」と考えます。
アルカローシスの予防として、「ダイアモックス(アセトゾラミド)」が有効と判断していますし、実際に有効です。

【ダイアモックスの有効限界】

1:標高4,000m級の通常の高地移動

ダイアモックスは、塩基(重炭酸イオン)の尿排泄量を増やすことで、アルカローシスを予防します。
4,000m(629hPa:0.62気圧)くらいまでは、「アルカローシスが代償出来る低酸素血症」なので、ダイアモックスは有効です。

2:標高5,000m以上の高地移動

5,000m(555hPa:0.55気圧)以上では、絶対的な「低酸素」状態です。
低酸素症状における第一リスクは浮腫(脳浮腫)ですが、ダイアモックスは脳浮腫に有効ではありません。
「低酸素血症の脳浮腫」に一番有効な治療方法は「酸素投与」です。

標高5,000m以上の(限られた装備での)活動では、低酸素症状・脳症の回避が重要になります。
【視点の違いによる高山病の病態】

慣れている登山家は、「ダイアモックス無しで、アルカローシスを予防」できます。
登山家にとって、高山病予防の対象は「脳浮腫の予防」です。
登山医学・山岳エキスパートのイメージする「高山病」は、脳浮腫を主病態におくこととなります。

一般観光客の高地移動では、「脳浮腫を起こす標高」へのアタックはありません。
予防の主眼は、「アルカローシス予防」となります。

高山病に関する文献では、「アルカローシス」「脳浮腫」のいずれかを軸足に記載されています。
「どちらを主眼に考察されているか」をきちんと意識しないと、理論が交雑してしまいます。

3,000m級の登山で「嘔気」を認めた場合、「アルカローシスによる消化器症状(過換気の嘔気)」を考えます。
富士登山では、「脳浮腫・嘔気嘔吐」を続発する低酸素血症を認めることは稀です。
富士登山で「有症化する低酸素血症を発症する人」は「持病として呼吸不全」を認めており、富士山トレッキングは困難です。

「嘔気・嘔吐」などの高山病症状は、「脳浮腫」または「アルカローシス」のいずれでも説明が可能です。
この曖昧加減が、高山病病態の理論的な交雑の誘因と、私は考えています。

ふたばクリニック 広瀬久人(2025.12.08)