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病原性大腸菌と溶血性尿毒症症候群(HUS)

大腸菌は、どこにでもいます

大腸菌は、私たち人類と共棲するもっともポピュラーな微生物です。
生まれたばかりの新生児は、無菌状態で出生します。もちろん、出産直前の新生児には、大腸菌さえもいません。
新生児は、生後数日で 腸管内に大腸菌を認めるようになります。この大腸菌は、どこから侵入したのでしょうか?
一番の感染源は、産道から感染です。産道は肛門から近いために、大腸菌で汚染されています。出産時に、新生児は大腸菌に被爆します。すると、数日で大腸菌が腸の中に常在するようになります。
また、私たちの体表面の皮膚には、少量ながら大腸菌が隠れています。帝王切開術で無菌的に出産した新生児であっても、家族の手指などを介して すぐに保菌してしまいます。
大腸菌は、私たちの皮膚や環境中に広く分布しており、接触を避けることができない細菌の一つです。共棲しなければならない、パートナーなのです。

病原性大腸菌とは

一般的な大腸菌は、健康者に対して病原性を持ちません。
けれども、少数ながら下痢・嘔吐・腹痛・発熱など消化器感染症をおこす大腸菌群もいます。このような”いたずらものを ”病原性大腸菌” と呼んでいます。
大腸菌が腸管内に常在することから、一番おこりやすい病態は、消化器症状です。おう吐・下痢・発熱など食中毒関連症状は、病原性大腸菌感染の主症状となります。
しかし、出血をおこす病原性大腸菌が、稀に見つかることがあります。O-157は、出血性大腸菌の代表です。このグループの大腸菌は、”ベロ毒素”を持っています。ベロ毒素を武器に持った大腸菌の病巣は、消化管に限定することなく、全身の出血傾向や腎不全を起こしてきます。

ベロ毒素を持っている迷惑な病原性大腸菌

病原性大腸菌のなかで、一部にベロ毒素をもつグループがあり、EHEC(腸管出血性大腸菌)とよばれます。ベロ毒素とは、赤痢菌の腸管出血毒素と遺伝子的に同じです。赤痢菌の病原性を、遺伝子レベルで大腸菌が獲得したものと考えられます。
ベロ毒素とは、EHECが合成するタンパク質のひとつです。EHECが合成したベロ毒素は、菌体外へ分泌されたり、EHECが死滅したときに散逸します。
腸管内や、循環血液中に放出されたベロ毒素は、ヒトの細胞内に取り込まれます。ベロ毒素が細胞に入ってしまうと、細胞の代謝がとまり、細胞が死んでしまいます。
腸の粘膜がベロ毒素で汚染されると、壁のタイルが剥がれ落ちるように、腸管の壁細胞が壊死を起こし脱落し、消化管出血を伴います。また、血中にベロ毒素が放出されると、多臓器にわたる障害を併発します。
腎臓に対してもベロ毒素は侵襲性が強く、血液の浄化(濾過)装置である腎臓の機能が低下します。腎障害により、体内に有害な代謝産物が貯留することになり、尿毒症と呼ばれる病態に移行します。さらに腎不全が進行すると、老廃物を水と一緒に排泄できなくなり、人工透析治療が必要となります。

【ベロ毒素は、細胞の代謝を とめてしまいます】

細胞内に入り込まれたベロ毒素は、毒素の一部分である”Aサブユニット”を細胞の中に放出します。このAサブユニットは、リボゾームの構造を変えてしまいます。
リボゾームは、細胞の中でタンパク質を合成しています。
ファスナーのスライダーのように、リボゾームはRNAの上を移動しながら、たんぱく質を組み立てていきます。ベロ毒素のAサブユニットは、リポゾームの構造を歪めます。スラーダーがつぶれた時のように、ゆがんだリボゾームは移動できなくなるために、タンパク合成がとまります。
タンパク合性が止まった細胞は、代謝が停止するため、生存できません。ベロ毒素に汚染された細胞は、死んでしまいます。

ベロ毒素リスクグループ

腸管出血性大腸菌(EHEC)は、O-157を筆頭に O-26、O-104、O-111、O-128、O-145なども、ベロ毒素を産生する株を認めています。このベロ毒素を産生しやすいEHEC群は、ベロ毒素リスクグループと呼ばれています。
腸管出血性大腸菌といっても、すべてがベロ毒素を産生する物騒な話ではありません。たとえば、O-157 全てが ベロ毒素を産生するいうわけではなく、O-157でもベロ毒素を持たないタイプもあります。
培養検査で ベロ毒素リスクグループが検出された場合は、引き続きベロ毒素の判定を行います。
検査の順番は、以下のようなながれです。

 i) 大腸菌の確認
 ii) O-抗原の判定
 iii) 病原性大腸菌の判定・区分
 iv) もし、ベロ毒素産生グループを確認したときは、ベロ毒素の有無を検索

リスクグループと判定され、ベロ毒素が確認された場合、医療機関まで緊急連絡が入ります。ベロ毒素陽性の場合は、臨床症状の進行が極めて速いため、早急な対応が必要となります。
リスクグループであっても、ベロ毒素の無い場合は、通常の消化器感染症として対応されます。

病原性大腸菌がみつかったら !!

腸管出血性大腸菌感染症の特徴は、水溶性下痢 と 特徴的な粘血便 です。
もしも、該当症状をみとめたら、便を持参して 医療機関を受診することをお勧めいたします。
病原性大腸菌が見つかった時には、きちんとベロ毒素の有無を確認し、主治医の判断・指示に従ってください。
前述したとおり、ベロ毒素のない病原性大腸菌の場合は、通常の消化器感染症として対応することになります。消化器症状が重い場合も、軽い場合もありますが、ベロ毒素を認めなければ尿毒症や腎不全に移行する可能性は、極めて少なく、一般的な治療で対応することになります。

対処・予防方法

病原性大腸菌 O-157や O-104は極めて伝染力が強い細菌です。50~100個程度の経口被曝で、免疫の無い人は感染・発症してしまいます。
まず、手洗いが一番大切です。石鹸を使い、流水でしっかり流し、きちんと乾燥するまで衣類や周囲に触れないことが大切です。
感染原因は、ほとんどが食材です。新鮮な食材を利用してください。冷蔵庫に長期間保存することは、あまりお勧めできません。
食材の過熱は、有効です。75℃・1分以上の加熱で、大腸菌は生存できません。ただし、加熱できない料理の場合は、水道水で食材を洗浄することも大切です。
病原性大腸菌に限らず、家族に下痢・嘔吐を認めた場合、ケアした手が感染源になります。たとえば、おしりを拭く時に、紙繊維の隙間から、排せつ物が微粒子となって 手を飛沫汚染します。トイレや手洗いには、石鹸とペーパータオルなどを用意して、清潔管理に気配りが大切です。

厚生労働省のホームページに、腸管出血性大腸菌Q&A http://www1.mhlw.go.jp/o-157/o157q_a/index.html#q14 が掲載されています。ご参照ください。

最期に(2011年ドイツO-104流行に関して)

日本でも、井戸水が汚染されて、EHEC集団感染の事例がありました。しかし、井戸水の汚染原因は、検討されていません。井戸水へ繋がる犯人探しは、捜索対象があまりにも広範囲の環境であるため、断念せざるを得ないというのが本音でしょうか?
2011年 ドイツを中心にO-104が流行し、深刻な事態になっています。現時点では、日本への影響は確認されていませんが、大腸菌が環境に浸透しやすい性質を持つため、感染源検索も難渋している状況です。
流行開始から時間がたつほど、初期原因の特定は困難となります。
病原性大腸菌は、少数暴露で感染症が成立してしまうため、2次・3次と伝染が拡大するのに伴い、冤罪食品が増える一方で、初期感染源の特定は困難となっていきますし、まさに現状はそのような状況です。

ふたばクリニック 広瀬久人 (2011.06.10)