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日本脂質栄養学会 ガイドラインの問題 

日本脂質栄養学会が、コレステロール治療に関するガイドライン(?)を発表しました。
きわめて問題の多いガイドライン(?)ですが、個人的に納得できない内容です。以下、この問題に関して、私見を述べさせていただきます。
問題のガイドラインは、pdfファイルとして下記にリンクしてあります。

日本脂質栄養学会 ホームページ

日本脂質栄養学会 Japan Society for Lipid Nutrition
連絡先:〒112-8610  東京都文京区大塚2-1-1
お茶の水女子大学理学部生物学科 日本脂質栄養学会事務局

長寿のためのコレステロール ガイドライン/2010 年版 

念のため、当ホームページに 同pdfファイルを転載しております。

統計の乱用

 統計を乱用した場合、極めて不自然な仮説も可能であることを、充分認識すべきです。本題に入る前に、”たとえ話” から説明したいと思います。

たとえ話 #1
沖縄では ニガウリ(ゴーヤ)の消費量が、多い傾向にあります。
沖縄では 女性の平均寿命が日本一です。(2008年)
だから、ニガウリを食べると、女性の寿命が延びる。
これは、あきらかに恣意的な統計乱用です。二つの事実を、沖縄というキーワードで関連付けているだけです。

たとえ話 #2
欧米に比べ、アジアでは 米の消費量が多い。
欧米に比べ、アジアでは 胃癌が多い。
日本では、米の消費量が減ってから、胃癌も減った。
だから、米を食べると、胃癌になりやすい。
さらに、ニガウリを食べると、寿命が延びるらしい・・・
だから、ゴーヤを食べて、米を食べなければ、長生きする
ここまでくると、落語のような話で、学問的な意義は萎(な)えてしまいます。

たとえ話 #3
恐竜絶滅の時期に一致して、隕石衝突を示唆するイリジウム層が確認された。
恐竜絶滅の時期に一致する、隕石衝突痕を、ユカタン半島に認めている。
恐竜絶滅の原因として 巨大隕石の地球衝突を仮定する。
複数の事実を、突き合わせて、可能性を探っていくのは、考古学的な手段です。恐竜絶滅の原因は、巨大隕石の衝突が主因であろうと考えられています。
ただし、あくまで 【仮説】 にすぎません。タイムマシンで確認することは無理ですし、再現実験もできません。
複数の事実の関連を考え、相関があると仮定して 【仮説】を提唱することは可能ですが、証明は慎重かつ合理的でなくてはなりません。
合理性のない【仮定】の押付けは、理論的ではなく、検証さえできません。

1:事実(事象)、 2:相関、 3:仮説、 4:証明 これらを きちんと整理しておかなければ、議論はかみ合いませんし、不毛な水掛論が続くだけです。

ガイドラインとは

ガイドラインとは、守るのが好ましいとされる規範や目指すべき目標などを明文化し、その行動に具体的な方向性を与えるものです。
目標クリアのメリットとして、健康利得を事実証拠(エビデンス)として証明して、生活上の指針とするものがガイドラインです。

問題の ”コレステロールガイドライン”には、”治療目標となるコレステロールの治療目標値”さえ、書いてありません。

健康を維持するための脂質栄養学的な啓蒙も無く、拠り所となる検査や治療目標に関しての説明もありません。

日本脂質学会のガイドラインの内容は?

問題のガイドラインには、治療目標となる検査項目が 具体的に提示されていません。もちろん、目標値も不明です。
これは、本当に ガイドラインなのでしょうか?

第Ⅰ章から始まる13の仮説を提示して、最後に”長寿をめざした脂質栄養の勧め”で締めていますが、何が要点なのか良くわかりません。

さらに、コレステロール高値であっても、治療の必要性に消極的な記載となっています。
高脂血症に対して治療は不要なら、血液検査でコレステロールを計測する意味もありませんし、高脂血症は病気ではなくなってしまいます。

多くの医師は、この文書に眉をひそめていることと思います。議論しようにも、空想論のような内容のため、論点さえも掴めないというのが実情でしょう。

高コレステロール血症は 病気か? 正常のバリエーションか?

高脂血症の評価項目が、LDL,HDL,TG,TCなどが不適切であれば、何を指標とすべきか?

コレステロール管理の 目標値は?

日本脂質栄養学会のガイドラインから、読み取れるものがありません。

総死亡率が重要なエンドポイント とは、何ですか?

問題のガイドラインには、下記のような文面があります。

「本委員会は総死亡率が最も重要なエンドポイントであるという理解のもとに、“長寿を目指したコレステロール ガイドライン”を策定した」
コレステロール値と総死亡率に、直接的な相関はありません。

まるで、水道料金からトイレの使用回数を推測するような話です。
疎遠な事象を 無理やり関連づけて、意味があるのでしょうか?

日本における死亡原因のトップは、悪性腫瘍(30.4%)です。2位は心血管疾患(15.9%)、3位は脳血管疾患(11.8%)、4位は肺炎(9.9%)です。以降、不慮の事故(3.5%)、自殺(2.8%)と続きます。(2006年死亡者統計より)

高脂血症は 動脈硬化の増悪因子の一つと考えられています。

高脂血症を治療し、血液検査値を目標レンジに保つことにより、動脈硬化の進行が抑制可能と考えます。
動脈硬化の抑制は、冠(心臓)動脈、脳動脈の硬化性退行変化を抑制し、結果として心筋梗塞や脳梗塞の予防につながります。

高脂血症を治療することにより、将来的な心/脳血管疾患による死亡率は、改善します。

しかし、高脂血症を治療することにより、癌・肺炎・事故を含めた総死亡率をどこまで改善できるかは不明です。

「総死亡率が最も重要なエンドポイントであるという理解のもとに、“長寿を目指したコレステロール ガイドライン”を策定した」という意味が、理解できません。

最期に

約1万2千年前に、日本列島は大陸から孤立しました。以後、この島国に住む人々は、菜食を中心とした食生活を強いられてきました。
菜食主義の食生活者にとって、コレステロールは非常に貴重な栄養源です。コレステロールを体に温存できる体質(遺伝子)は、過去の日本人にとっては大切なものでした。

飢饉の度に食事を制限しなければならなかった時代では、コレステロール値を保存できる遺伝子は、健康利得となります。ほとんど、脂質を食べなくても、コレステロール値を維持できる体質は、食糧難の時代には有益な遺伝子だったのです。

しかし、現代のようにコレステロールの摂取に支障のない食糧事情になってしまいますと、このコレステロール節約遺伝子は、逆にリスクになってしまいます。

現時点で、LDL、HDL、TGを指標とした、コレステロール治療目標値が 日本動脈硬化学会などから提示されています。リスクレベルによって、目標値はスライドしますが、エビデンスとして裏打ちされたガイドラインとして、充分に信頼できるものと考えています。

現在、コレステロール治療を受けている方は、今回のガイドライン騒動で驚きのことと思いますが、高脂血症治療は動脈硬化の将来的な進展を抑制します。しっかりと主治医の先生と相談の上、治療を継続してください。

ふたばクリニック 広瀬久人 (2010.10.27)