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日本脳炎:最近のトピックス

日本脳炎に関する専門家ヒヤリング会議が、2004年7月23日 厚生労働省(結核感染症課・予防接種係)の主導で開催されました。同ワクチンを継続・中止に関する討論が行われましたが、2004年当時、接種継続の判断となります。しかし、1年を待たずして日本脳炎ワクチン接種の勧奨中止(2005年5月30日)となりました。
2004年7月の会議があったからこそ、これだけ早急な対応が可能になったと思われます。さらに、この議事録には日本脳炎のアップディトが盛り込まれており、価値の高い議事録となっています。日本脳炎の認識を新たにする内容ばかりであり、下記に紹介いたします。内容的に専門的知識が必要となりますので ご了承ください。

2004.7.23 日本脳炎・専門家ヒヤリング会議 議事録/全文

上記厚生労働省サイトから、テキストのみ抜粋】 

1:日本脳炎(Japanese encephalitis)の概要

病原体:フラビウイルス属・日本脳炎ウイルス
伝播様式からアルボウイルス(節足動物媒介性ウイルス)と呼ばれることもあります。
フラビウイルス属のなかでも、①日本脳炎ウイルス、②西ナイルウイルス、③セントルイス脳炎ウイルス、④マレー渓谷脳炎ウイルス、⑤クンジンウイルスは相同性が非常に高く、これらは日本脳炎血清型群とよばれています。
日本脳炎は南アジア~東南アジアを経て極東アジアへ至る地帯に広く分布します。1990年代WHOの推計によると、毎年世界で約43、000人が発症し、このうち11、000人が死亡し、9、000人は回復しても重篤な後遺症を残します。(正確な統計データはありません)
日本脳炎に感染中の豚から、ベクター(媒介昆虫:日本の場合はコガタアカイエカ)を通じて人に感染します。潜伏期は、蚊刺症後5~15日です。ウイルスは、虫刺部位周囲で増殖し、ウイルス血症を続発後、中枢神経系に侵入します。
初期症状は高熱、頭痛、嘔吐など感冒類似症状です。脳炎・髄膜炎を合併すると高熱の持続・意識障害・痙攣・呼吸不全を認めます。
人が感染源になる可能性は、極めて稀です。ブタからヒトへの一方的な感染の押し付けとなります。
吸血した血液が感染源になるためには、血液中に日本脳炎ウイルスが充分な濃度で循環する場合に限られます(ウイルス血症時に、感染源となります)。
ヒトが日本脳炎に感染した場合、ウイルス血症は比較的短期間です。さらに、脳に炎症が移行した後は、血中のウイルスは急速に消退するため、脳炎発症者は臨床的に感染源とはなりません。

2:日本脳炎予防接種中止の経緯

【2004.7.23】日本脳炎に関する専門家ヒアリング会議

1994~2003日脳ワクチンの接種後、中枢神経副反応が27例。その中でADEMあるいはADEMの疑いが18例、その他、脳炎あるいは脳症と言われたものが9例と報告。
(2003年には6名のADEM報告があり、特に報告の多い年でした)

【2005.5.26】厚労省が日脳ワクチン接種に関連する死亡例を再公表。日脳ワクチンでは、96年~2003年に7人が脳症を発症し、うち3歳の男児と女児1人ずつ(計2名)が死亡した。

【2005.5.30】山梨県甲斐市の中学生がADEM重症例として報告され、日脳予防接種の勧奨中止となる。

3:アジアと日本は 空でつながっている

日脳ウイルスは遺伝子解析により、5つの遺伝子型に分類されます。1991年まで、日本では、ジェノタイプ3が検出されていました。ところが、1994年以降、日本でジェノタイプ1(G1)のウイルスが見つかり、それ以降、日本・韓国で検出されるウイルスはG1に置換しているることが判りました。さらにウイルスの遺伝子配列より、非常に近縁のウイルスが離れた地域で極短期間に確認されています。

 85年大阪で分離された株の近種が、86年にベトナムで確認
 89年ベトナムで分離された株の近種が、90年に長崎で確認
 01年ベトナムで分離された株が、02年に長崎で確認

日脳ウイルスは、地域に定着しているわけではなく、広範囲に短時間で拡散している可能性があります。日本脳炎ウイルスが、東南アジア・東アジアと日本の間を比較的頻繁に往来していると考えられます。
【付記】 日脳ウイルスは、鳥にも感受性があり、渡鳥による広域伝播が指摘されています。東南アジア諸国や極東アジア地域に広まる媒介として、”蚊”では説明がつきません。

4: 日本脳炎:ヒト自然感染率 1~2割

日脳ウイルスに自然感染すると“NS1抗体”が誘導されます。しかし、日脳ワクチンを接種しても“NS1抗体”は誘導されません。(NS1とは、日脳ウイルス粒子の非構造タンパク質で、日本脳炎ウイルス感染により誘導されます。) この抗体の維持期間は約5年です。NS1抗体が陽性であれば、5年以内に日本脳炎に自然感染した傍証となります。
95年の調査によると、都市部では調査対象者の約10%、農村部では20%がNS1-抗体陽性と報告されました。95年当時、発症しない不顕性感染(自然感染)が人口の1~2割であったと推測されます。
毎年行われる養殖ブタの抗体検査から、北海道を除く日本各地でブタの自然感染が確認されております。依然日本でも(東京都を含めて)、日脳ウイルスの存在が確認されています。

5:ADEM(急性散在性脳脊髄炎)の原因は不明

ADEM(急性散在性脳脊髄炎)は、遅延型過敏症によるアレルギー性脱髄性炎症です。多発性硬化症に認められる脱髄性病変と似ておりますが、多発性硬化症が何度も繰り返すのに対して、ADEMは、回復すれば再発は無く、単相性の発症です。
脳脊髄に散在性に複数の脱髄性病変を起こします。発熱や意識障害、麻痺、失調、けいれん、行動異常などの臨床症状を呈します。子どもに多く、諸外国の報告を見ても平均7歳前後の発症で、男女比はやや男の子に多いようです。
先行事象として、「ウイルスや細菌の感染」が頻度的には最も多く、「予防接種」、「原因不明」と続きます。後遺症を残すケースもありますが、生命予後は、脳炎・髄膜炎に比べて良好です。
病因論・病態形成には諸説あります。最終的には、病変部位に遊走したT細胞が、サイトカインによる免疫攻撃を行う一方、神経鞘に対して抗体を生じます。ADEMでは、神経を守る神経鞘(神経を取り巻くように巻き付いている鞘・さや)が炎症を起こし、神経細胞本体は傷害されません。

【付記:神経鞘(しんけいしょう)/ミエリン】 神経細胞から1本伸びる長い神経線維を軸索と呼びます。この軸索を保護する鞘(さや)は、神経鞘と呼ばれています。出生時ミエリンは未完成で、成長にしたがい軸索周囲にバームクーヘンのように巻きつき、1~3歳頃 完成します。

6:感染マウス脳の利用に対する批判

日脳ワクチンの年間接種者は約400万人です。ADEMは、発症例が最も多かった2003年に6人が報告されています。単純計算で、ワクチンによる発症率は1.5人/100万人・年(ワクチン接種者)です。ADEMの自然発症率は3.8人/100万人・年(人口)です。ワクチンの因果関係を統計的に解析することは困難です。(注-1)
日本で製造される多種類のワクチンは、原料として鶏卵/鶉(うずら)卵、培養細胞、培養細菌などを利用しています。しかし、日脳ワクチンは、感染したマウスの中枢神経から抗原成分(ウイルス成分)を抽出して製剤化しています。生きている動物の臓器を利用しているのは、日脳ワクチンだけです。
日脳ワクチンと他のワクチン製剤を比較すると、ADEM発症報告は日脳ワクチンの方が多く認められます。その事実と原料のマウス脳を短絡的に結びつける風潮がありますが、私見を述べさせていただければ、検証が甘いと思われます。生体を材料にしている事実への嫌悪感が、マウスをスケープゴートにした印象があります。
ただし、培養細胞による新製法は、製造・品質管理面でメリットが高く、早期の新ワクチンの市場供給が期待されます。 

(2009年:細胞培養技術により製造された 日本脳炎・新ワクチンは、臨床使用が開始されました。)

(注-1)

ワクチン接種者と自然発症者におけるADEM発症率は、分母が異なります。補正無しの比較は困難です。発症率は、百万分の1桁というオーダーです。ワクチン接種者のADEM発症率を対人口発症率に反映する場合、誤差が発症率を超えてしまいます。

ふたばクリニック 広瀬久人 (2005.06.09)